1996-04-05 第136回国会 衆議院 外務委員会 第5号
日本人は、アメリカの軍事的庇護をこ うむりながら、自分ではそれを望んでいることを自覚していない。そして、これに伴う責任を引き受けようともしない。日本人は、東アジアの安全保障に対してどのような役割を果たしたいのか、アメリカに対してどのような役割を果たしてほしいと思っているのか、はっきりした結論を出し、そのための責任を負う時期に来ている。
日本人は、アメリカの軍事的庇護をこ うむりながら、自分ではそれを望んでいることを自覚していない。そして、これに伴う責任を引き受けようともしない。日本人は、東アジアの安全保障に対してどのような役割を果たしたいのか、アメリカに対してどのような役割を果たしてほしいと思っているのか、はっきりした結論を出し、そのための責任を負う時期に来ている。
さきの大戦以降、我が国の平和が今日までこのように守られてきたのは、日米安保条約による米国の軍事的庇護あってのことであることは疑いもないところであると存じます。米国の強大な軍事力が戦争抑止力として有効に作用された一つの実例とも考えられます。 日米安保条約が我が国にいかに有効であったか、国民はもっと正確に認識すべきであると存じます。
先ず、その第一の場合を考慮いたしますと、このような例は或いは妥当でないかとも存じまするが、仮に日本が特定国の軍事的庇護の下に立ち、その軍事基地となることによつて安全保障の道を求めようといたしまするならば、勿論私は米ソ間その他の戰争のないことを信ずるものでありますけれども、万が一にも両国間に戰争が勃発いたしました場合には、日本本土は戰場となり、猛爆の中心となり、数十発の原子爆彈によつて痕跡も止めざるに